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研究開発・論文

愛媛の林業会社『I社』の労働安全対策

 「I社」は、平成2年に愛媛県上浮穴郡久万町に林業担い手育成を目的として久万町、森林組合、農協、地域住民が出資して役立した株式会社である。設立当初4名であった社員は平成16年4月には44名(平均年齢33歳)となり、林業機械はプロセッサ2台、タワーヤーダ2台、ミニグラップル(3tクラスの油圧ショベルにグラップルヘッドを装着した集材・荷役機械)13台、林内作業車20台など機械装備も充実しており、上浮穴郡内約6万5千haの森林や近隣の地域の森林整備を担う大きな組織に成長している。
 平成15年度実績は皆伐390?、間伐14,191?、除伐310ha、林道開設7,875m、作業道開設40,893m他となっており、民有林の間伐や国有林の事業請負、造林補助事業や治山事業にも参入し、久万広域森林租合と並び立つ存在となっでいる。
 しかし会社が成長し新規採用者が急激に増加することにより、指導者不足、技能が未熟な職員の増加、また若年者が多いため力任せに無理をしたり、会社の収支が赤字であることの指摘を受け、経営改善のため安全よりも作業効率を重視する傾向が強くなったことなどが原因で労働災害が急増した。(図1参照)

このため、平成8年には第1回目の災害多発等特別指導事業場に指定され各種の対策を実施したが、労働災害を減少させることはできず、平成12年~14年まで3年連続で指定を受けたが、各種取り組みの成果が顕れ、平成15年度になってようやく減少に転じることができた。

労働災害の概要

「I社」では平成2年度から16年9月までに148件の労働災害が発生しているが、その加害物は図2のようにチェーンソーが30%、43件発生しており、そのうち40件が「切創」である。受傷個所は図3に示したように33件が腰から下であり、そのうちでも左足の膝と踝(くるぶし)の間が18件と格段に多い。

また、被災者の森林作業経験年数は3年未満が29人、3年以上が11人であり、3年未満の被災者の受傷個所は、27件が腰から下の部分で、その中でも左足の膝と踝の間が14件と最も多い。3年以上の経験者は顔面や肩・首など、通常の作業では考えられない個所を負傷しており、慣れによる不注意が原因と思われる。
 伐倒木による事故では、「伐倒木が激突した」や、「跳ねた木に叩かれた」、「落下した枝が激突した」などが17件、造材中の事故が3件、索張り中の事故が1件で、安全確認や退避の遅れが原因と思われるが、放置された林内の除間伐作業は足場も悪く、残存木にはじかれで伐倒木が予想外の方向に倒れることも多く、格別の注意が必要である。
 その他加害物には、転倒、墜落、漆かぶれ、蜂など多様であるが、近年腰椎損傷や腰椎椎間板ヘルニアが増加し(12件)、長期加療を要する者もおり緊急に対策をとる必要がある。

労働災害減少への取り組み

「I社」では労働災害防止へ様々な取り組みを行っており、その具体的内容について白川課長から話を伺ったので概要を紹介する。
 先に述べたように災害多発等特別指導事業場に指定され、ソフト面では各種の対策をとったが著しい効果は現れなかった。事故はいくら注意してもソフト面だけでは防ぎきれないものと認識を変え、事故がおきてもその被害を最小に止めるため、「リスクアセスメント」の考えを取り入れ、防護用品の整備などのハード面の改善に取り組んだ。

1. 防護用品の整備

(1)チェーンソー防護服

 この防護服は平成14年に愛媛県内の繊維メーカー(株式会社トーヨ)が国際規格ISO11393(試験方法や規格)に準拠し日本人の体格に適するよう開発し、「I社」がモニターとして作業現場で着用し、改良を加えながら商品化した物である。重畳は、冬用が約970g、夏用が約500gで、ポリエステル100%の通常の作業ズポンも約500gであることから特に重くはない。表面はポリエステル65%、綿35%、撥水加工布地、内部の防護バッドはナイロン/アラミド繊維ニット5層構造になっている。切断抵抗試験ではISO基準に準じて、ソーチェーン速度20m/秒、接触荷重15Nの条件で切断されない結果が出ている。
 「いぶき」では、チェーンソー」による切創事故は技能の未熟な職員に多く、また受傷個所が腰から下に集中していることから、まず「緑の雇用担い手育成対策事業」の「緑の研修生」を対象として、20名に防護服を着用させて作業をさせた。そのうち14~15名が除伐や伐採木の枝払・玉切などのチェーンソーを使う作業に従事したが、そのうち11名がチェーンソーで防護服を切る事故を起こした。
 11人のうち3名は防護服を着用していなければ、大怪我になったと思われる状況であった。そのうち2事例について概要を紹介する。

【事例1】

 材を玉切中、材が滑り落ちフルスロットルで運転していたチェーンソーが木材とともに右足太股の上に落ち防獲服を切断したが、最後の1枚の布でチェーンソーが止まり、けがをすることを免れた。
 防護融の切断状況を見ると、防護服内の繊維がチェーンソーのスプロケットに絡まりソーチェーンの走行を止めるのではなく、まずソーチェーンが特殊繊維の布の上を滑って切り込んでいかない。感じとしては竹を切ったとき、ソーチェーンが滑る感覚に似ており、特殊繊維の布の強度で切れないようである。
 なお、この事故後チェーンソーを掃除したが、スプロケットに繊維は絡まっていなかった。

【事例2】

 枝払い中、チェーンソーがキックバックし、右膝を水平方向に切った。防護服はほつれた程度切れていたが、身体の損傷はなかった。
 最も多い事故はチェーンソーがちょっと触り、数針縫う程度のことが多く、これは表層の布が切れるだけで免れている。

実際に使用している「いぶき」の白川課長の意見は

  • ちょっと当たる事故を防ぐだけなら、もっと薄くて軽くできるし、20m/秒で走行しているソーチェーンが当たることは少ないので、これほどの厚さはいらないのではないか。この生地で作業ズボンを作り、直接下着の上に着るようにすると動きが楽になると思う。
  • チェーンソーの操作が未熟な者は「左足の膝から太股」や「右足の膝から太股」を切ることが多いが、チェーンソーの操作に慣れた者はこのような切創は減り、思いもよらないところを切る事故が発生する。防護服は初心者用には非常に有効である。
  • ヘルメットのように法で強制力をもたせて着用を進めないと、一般事業体では導入しにくい。
  • ズボンのずり落ち防止が必要であり、ズボンの長さは膝下10cmあればよく、動きやすい物にする。

(2)フェイスガード、イアーマフ付ヘルメットの導入

 刈払作業や枝払い中にはじいた枝で顔面を打ったり、上を見上げた時顔面に枝が落ちてきたりして、けがをすることが多く、またチェーンソーのキックバックにより顔面を切る大けががあったので、これを防止するためフェースガード付ヘルメットを支給している。
 フェイスガードの使用により2名の職員が大けがになるところを軽傷で免れている

(3)スパイク付ケプラー長靴やスパイク付安全靴の支給

 チェーンソーでの切創や、足を滑らせて転倒し、けがをすることを防止するため、スパイク付耐切創長靴やスパイク付安全靴を支給し、膝から下の切創事故や、滑落、転倒の防止を図っている。
 なお、スバ・イク付安全靴は地下足袋より安全であるが、足首の自由が利かない。金属の上(バックホーの排土板など)は滑って危険であることもわかった。

(4)エビネプリン自動注射器の支給

 職員全員が蜂毒に対するアレルギー反応の検診を受けたところ、40人中20名が陽性となった。そこで蜂毒によるアナフィラキシーショックを予防するため、陽性と判定された職員にはエビネフリン自動注射器を本人に買わせ、経費を支給している。

2. 安全教育や救急体制の整備

 労働災害を減少させるためには上記の安全用品の整備と並行して、安全意識の高揚や勤務体制や組織の改善、事故発生時の救急体制の整備などが必要である。そのため現在以下のような取り組みを行っている。

  1. 職長教育研修、県が実施している資格取得研修、林業技術研修高度機械コース、林業技術研修基礎教育コースへの職員派遣や消防署に依頼し救急救命法の研修をするなど、技術向上と安全意識の高揚を図っている。
  2. 雷がなったらすぐに退避し、1時間程度現場の安全な所で待機した後‥天候が良くならない時は撤収する。雨天時の作業は極力避けるなど、危険を回避する勤務体制を取っている。
  3. 危険な現場は多数の職員で対応する。事故があった時怪我人の搬送が困難と思われる現場では、多数(15人以上)が一度に作業を実施することとしている。人数が多いと担架を作り、歩道を刈り開け、林道まで搬送する時間が短縮できる。
  4. 地元消防署などとの連携
    緊急時に現場まで車が入らない所で仕事をする場合、地元消防署に作業現場を示した地図を渡しておき、救急ヘリコプターの派達や救急車派遣を迅速に行うことに効果を上げている。また防災ヘリコプターの訓練のときに現場上空を飛んでもらいヘリポートとなる場所について打合せをする他、発煙筒を作業現場に携行している。
  5. 携帯電話や無線での通信網の確保
    作業現場では携帯電話が送受信できる場所を調べ、トランシーバーの通信範囲、人員輸送車に搭載した業務用無線の通倍範囲を確認し、3通信方法を併用し迅速に連絡できるよう通信網を確保している。なお通信網の基地は「いぶき」事務所に置き、各種救急施設との連絡に当たることとしている。

 S課長は、多様なソフト面での取り組みの中で、最も効果があったのは、雨天作業を避けるために採用した、変則振り替え休日制度ではないかと育っている。この制度は雨天日の作業の中止か実施かの判断を社員が相談して決め、中止した場合はその日を休日とし、他の休日に仕事をするよう休日を振り替える方法である。
 この方法の良いところは、危険な雨天作業が減少する。もし雨天作業となっても社員合意のもとに実施しているので、危険を認識しながら作業を進めるため、事故を回避しやすい。休日を振り替えた晴天時に作業をすると気持ちも良いし、作業効率も上がる。
 悪い点は、勤務体制が天気任せとなり、休日が定期的に取れなくなる。雨の多い年には、出勤日が一時期に集中する。
 月給制と週休完全2日制を採用し、若者の林業への新規参入を促進してきたが、屋外で作業する林業では、就労条件の後退になるかもしれないが、天気に逆らわず仕事をしていくことが安全につなが、るのではないかとも言っている。

林材安全 2005.01より